磯崎新を知るためにー中上邸イソザキホールへ

中上(なかがみ)邸については、福井に戻った時に磯崎新が設計した住宅が勝山市にある、と伝え聞いていて、それが中上(なかがみ)邸だとのちのち知りました。中上さんが元お医者さんのご自宅であること、アートコレクターであることも聞き及んでおりましたがこれまで見ることできず。外観や内観については何度かテレビや新聞で見知っていたくらいでした。

中上邸外観。カエルのお目目に見えるそうです。

ツクバセンタービルで育った私としては、センタービル=磯崎で、その真下のバスターミナルが移動の拠点でした。今や戦隊シリーズや仮面ライダーのロケ地としてテレビで再会するとは思いませんでしたが。

もといこのたび中上邸が公開されると聞いてえちぜん鉄道に乗ってえっちらおっちら行ってきました。

中上邸はコンクリート素材の丸い屋根が特徴的なお家です。磯崎さんは「立体に球体を取り込めるか。どういう効果をもたらすのか(それが住宅として成り立つか)」と考えていたようで、それを実践したお家のひとつでした。

中に入ると通称イソザキホールと呼ばれる半円状の空間がガツっと大半を占めます。湾曲にそった壁にどうやって絵をかけているのだろうと思ったら「壁に絵を描ける前提で、あらかじめ掛けるための器具が仕込んで」あったのです。その器具ははたからみると装飾的で内部の意匠といいましょうか、見ても気づかない、邪魔しない、ものでした。

キッチン、リビング、和室もふたり暮らし程度の大きさで揃い、二階は書斎と寝室、そして適度な物置、もちろん物干し場もある間取りで「これは住みやすい!」と肌で感じる空間でした。建築家の建てた家は住みにくいという噂は払しょくされます。

なぜ磯崎さんが勝山のお医者さんの家を、という流れは、ププライベートな部分は割愛しますが「絵を見て話ができるサロンスペースを大きくとってほしい」「なんなら台所はいらないくらい」という施主の奥様のお話が、「仕事を選ぶ磯崎新」の心を動かしたそうです。施主さんは「大野は雪だから木造のいいものじゃなくてコンクリートがいいんじゃないかしら」というくらいだったようですが。

この日イソザキホールの壁面には、磯崎さんのシルクスクリーンやドローイングが掲げられ、絵を描く磯崎氏の一面も見られました。秋吉台芸術村のは買いだったかなと思ってます。
説明をしてくれた女性が、チャールズ・レニー・マッキントッシュ(の家の絵のスケッチかな)の家を描いた絵を素敵だと話していました。ご本人は「磯崎さんも版画のことも良く知らないし詳しくないけれど、この中ではこの絵がいい」と家具が置かれた絵を指していました。この女性の方にこの絵がもらわれるといいなと思ったひとこまです。

寝室に感動の作品が並んでました、私の心の中に。

 

私が訪問した日は特別企画で映画「だれも知らない建築のはなし」の上映と、「磯崎建築を語る」対談が 花月楼(かげつろう)で行われました。映画監督の石山友美さんが、第14回ベネチアビエンナーレ国際建築展(2014)の日本館で上映したものを再編集したものです。

磯崎新、安藤忠雄、伊東豊雄、レム・コールハース、フィリップ・ジョンソン、チャールズ・ジェンクスという大御所の建築家たちが現代の日本建築を語る、話。インタビュー映画とバブル前後の日本の現代建築家を批評する映画として見てほしい映画です。

外国の方の歯に衣をきせない率直でいて的を得ている、ぐさぐさくるコメントが痛かったです。「日本人は発言しないが、オーラがある」「存在感はないが正しい時間に正しい角度で陽が入るよう計算されたビル」日本建築をけなしてバカにしているのか、いや敬意を払っているが故の高尚な皮肉なのか、そのすれすれ感がありました。

さらに「建築家がいなくても建築ができる時代」「建築家が社会に尽くす、それは従属的な職なのか」「建築家は社会にどう貢献するのか」その焦燥感を見知る衝撃の発言の数々がありました。

PS3(世界建築会議)という会議に、磯崎さんが安藤さんと伊東さんを連れて行ったことについて、石山さんは「磯崎さんは早くからプロデューサー的な役割を担っていて、若い方を見出して押し出す力があった」と話していました。
磯崎さん本人は「黒川紀章はきた仕事はなんでもうけるが、僕は仕事を選ぶタイプ」とはっきり話す方。このPS3の会議も話を聞けば辛辣…、安藤さん、メンタル強いとおもうエピソードでした。

石山監督の説明がとても分かりやすくて、聡明な方でした。「語学力がある」ということも監督に選ばれたひとつのようです。
通の方は、コルビュジェを「コル」って言うんですね。

対談相手の植田実さんは住宅雑誌の編集者として磯崎さん、安藤さん、伊藤さんとも交流があり、映画に出てくる建築家とも交流のある方でした。磯崎住宅の変遷をスライドで話をしていて、解説が分かりやすくもっとお聞きしたかったです。

どうやら建築家はコミュニティを作る、コミュニティに入り込む、ファシリテーターのような役割を求められているようです。土地の人の声を聴きまちづくりのひとつとして建物をつくる、時代になってきている。建築の知識や発想とは別に、コミュニケーション能力という別の力を備えなくてならない。かつての圧倒的な建築家と存在感は求められていないという今を映画から垣間見た感じです。

この日同席していたギャラリー「ときの忘れもの」のギャラリストさんたちが話していたのが、「手で描き、言葉に残せる建築家は今は少ない」ということ。映画の中でもありましたが、学生は建築ではなくコミュニティデザインをしたいという風潮。手で描かなくてもコンピューターがしてくれる。ネット上のビジュアル化を現実でやろうとする気風を憂いていました。二次元のグラフィックを三次元で建てるやり方は、そこに哲学があるのだろうか、真の表現があるのだろうか、ということでしょう。

建物を建てるために、まちづくりという概念が入ってくる。誰もが使いやすくて誰もが素敵と思うスタイルとは。自然災害が増え、高齢化の街が増え、もう一度地域を再構築しなくてはならないとき、まちをたてること、を根本から考えないといけなくなっています。

S邸が公開されなかったのは残念でしたが、個人住宅であり施主さんの意向もありますから致し方ありません。そう数は多くない磯崎さんの住宅が勝山に2棟あることは福井県の誇りと考えてもよいと思います。中上邸では半球として外に出ていた円が、S邸では中に取り込まれている、その話も聞きたいです。

20世紀建築において、磯崎新が作ってきたことについては世界でも日本でも立ち位置、評価と批評があります。建築史に名を遺す人であり、一方で個人の建築哲学の実証と変遷を知るうえで、磯崎さんの住宅が2棟勝山にあることは、後続となる人たちの重要な建物になるものだと強く感じました。

S邸外観。半目は珍しい!と植田さん絶賛。

 

▼だれも知らない建築のはなし
http://ia-document.com/

建築トークバトル映画については日本の建築家たちがリアルなトークで解説してくれています。坂さんのばっさり感が痛快。

▼建築家・伊東豊雄、安藤忠雄と参加した国際会議の悔しい思い出を明かす
https://www.cinematoday.jp/news/N0073405

▼日本人のプレゼン能力は劣っている?
建築家・坂 茂氏が説く、世界で戦うために必要なこと
https://logmi.jp/business/articles/233241

▼巨匠の証言バトルで振り返る日本の建築史 石山友美×妹島和世
https://www.cinra.net/interview/201505-sejimaishijima

磯崎新作品展 中上コレクションより
2019年9月13日~16日
10:00~19:00 入場無料
中上邸イソザキホール(福井県勝山市元町1丁目9-45)
水彩、ドローイング、版画など 約30点
中上邸イソザキホールの模型、図面など

2019年9月15日
花月楼・傘天井の間(福井県勝山市本間2丁目6-21)
「だれも知らない建築のはなし」上映
「磯崎建築を語る」対談
植田実(編集者 建築評論家、住まいの図書館出版局編集長)
石山友美(映画監督、秋田公立美術大学助教、磯崎新アトリエ出身)

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