【講演記録】シンポジウム@第30回記念今立現代美術紙展1300展

「第30回記念今立現代美術紙展1300展」(Imadate Art Field(今立現代美術紙展実行委員会)))の関連イベントの一つ、歴代審査員を招いたシンポジウムが開催されました。15年くらい前に時期に数年、取材をしていた回想もかねて足を運びました。

東京都庭園美術館館長の樋田豊次郎氏と実行委員の増田頼保氏、紙の文化博物館の中川智絵学芸員との鼎談に。残念ながらセゾン現代美術館館長の難波英夫氏は欠席。この方のお話を目当てにしておりましたのに…。

樋田氏の話を中心にメモです。

―現代美術は死語。今制作している作家作品は「現代の美術」であって、現代美術を指してはいない。

私が何となく「現代美術」という言葉に違和感があったのは、そうかも。死語、といわれると確かに納得。私の中で現代美術と聞いて思い浮かぶのはロバート・ラウシェンバーグ。学んでいたテキストの表紙だったからかしら。「現代美術」という言葉がすでに古い言葉であることが興味深いです。たぶん今の美術はあと20年くらいしないと言語化されないのかもしれません。言語化された時点で古さが出てしまう。おかしみ。

―樫尾正次氏の展覧会を東京で推したとき、却下された。それは和紙というものがアートとして認識されていなかったこと、当時の東京の美術界隈では最先端に思われず、80年代はニューヨーク風であることが評価されていた。

―紙展に応募してきた作家も、どんな作品を出していいのか、作品にしていいのか、分かってなさそうだった。分かっていない出品者が多かった。

―現代美術紙展というタイトルにしたのは、和紙人形や折り紙の作品が出品されてしまう。名前を示さないと民芸品が集まってしまうから(増田氏)

出品者が何を出していいのか分からない、というのは驚きでした。21世紀になり元号が変わろうと知る今であっても、まだ和紙という素材に、どう向き合って作品となるのか、作家もひときわだ立ったものが見えていない気がします。それは、和紙そのものが素材として強すぎるからなのでしょう。そのままでいい、そのままがいい、という素材で、そのままが作品となる存在感の和紙。美術作家はまだこの和紙を使いこなせてないように思えてなりません。会場にある作品からも感じられました。

秘かに大地の芸術祭の「夢の家」とダブって見えてしまうのでえらい親近感を持っております私。入って一階の座敷に座ってしまうと落ち着いちゃう場所。

シンポジウムで興味深い発言だったのは次の2名の方。

―私が町長だったころ河合勇さんに出会った。何か分からないけれど、応援したくなった。生活の中に美術が生まれる、これが現代美術だ、と気づいた。行政が応援すれば紙展は続くのではないか、と思い支援をした(旧今立町長)

―元スーパーのあとを会場にすると聞き、壁がないのにどうしたらいいのだろうと最初思った。展示の準備をしていると近所の人、車を止めて見に来る人、声を掛けられた。こんなふうに身近なところで展示するから意味がある。こんなことなら、会場に合わせた作品ができたのではないかと、もっと踏み込めばよかったと反省する。(展示会場を提供した旧奥田マーケットさん)

旧今立町長さんの「なんかわからないけどこの人たちに投資すれば人も街も面白くなりそう」感の決断に拍手。行政のトップが面白がること、経済的援助もあること、の理解と支援がなければ続かなかったことでしょう。

街中や屋外で展示をする場合、なぜその場所でやるのか、意味づけと必然性が作品に必要だと思います。見学しに来られる方は、美術作品を見慣れている方ではなく、普通に暮らしている人たち。理解という意味では、フィールドワークがあったうえでの作品展示と公開が望ましいと。

旧奥田マーケット

最後に樋田氏がポロっと話した

―紙展は和紙に限らないようにしたからいい。和紙に限ると作家も息苦しい

という発言。そうか、そういう解放の仕方もあるんだなと思いました。

スタート時間も終わり時間も分からず、正直満足して聞ける内容でなかったけれども、まあまあそこはお昼のお蕎麦(土日の昼のみ営業)に免じましょう、自分。

上記は紙展とは関係ありませんが、1300年祭に合わせて公開された「綴りの家」。手描きのチラシが素敵で入館しました。明治時代ごろまで栄えていた商家で、由緒あるお屋敷。案内はこれまた手描きにあふれた説明図や廃線図があふれ、歴史好きにはたまらない内容。今立の中でも、和紙を漉く人たちがいるエリアと、商売をしている人たちが住むエリアがあるそうです。説明のためいらっしゃった女性の方は、この家のお庭が遊び場で育ったと。室内は「このお家があったということを覚えていてほしくて」という一言に、切なくなり心打たれました。

スピンオフな場所かもしれませんが、私が知らなかった和紙産地のもうひとつ歴史があって、この場が残るといいなと思いました。きっとそんなふに残したいお家はこれからもっと増えるんでしょうね。

 

 

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